小説「永愛-AI-」⑤

愛が亡くなって一年が過ぎた。2051年は俺にとって人生で最も暗く、重たい1年だった。愛がいたころは、愛がいることが当たり前で日々のどうでも良いことに頭を悩ませたり、些細なことにイライラしたりしていた。しかし、愛が亡くなった後は愛以外のことはどうでも良くなり、こんなにも俺の人生の悩みというのはどうでも良いことだったのかと痛感した。愛さえいれば、他に何もいらない。愛がなくなって初めて愛が俺の100%であったことを切実に感じた。俺は天国など信じていなかった。人は死んだら無になると思っていた。死後の世界は昔から語られるが、答えが出たためしがない。死んでみなければ分からないということだ。今冷静になって考えてみると、あまりにおかしい。2040年に太平洋のど真ん中で巨大地震が起き、大きな地割れにより海溝が出来た。この穴は地球の中心につながっているのではないかと研究者が集まり調査をしていたが、一定以上近づくと、まるでブラックフォールに吸い込まれるかのようにいなくなってしまうのだ。研究者によると、そのような引力は発生していないというのだが、調べようにも近づいた研究者はすべていなくなってしまったために、確認しようがない。もしかしたら、愛の乗っていた飛行機は、この海溝から出ている特殊な力によって吸い込まれたのかもしれない。俺は、色々な機関に調査できないか問い合わせたが、全く持って聞き入れてもらえなかった。遺族の中にも、どうにかご遺体を受け取りたいという思いで、方法を模索していた人もいたが、どうにも状況がおかしいのだ。本当ならこの飛行機事故についてマスコミなどももっと取り上げていいはずなので、ほとんど報道されない。そもそもこの穴が出来た時も、マスコミはなぜか取り上げなかった。そして、この穴についてコメントする芸能人も次々に干され、この穴を研究する研究者も次々に謎の自殺を遂げた。現地に向かった研究者はすべて穴に吸い込まれた。なので、世間では、この穴のことはタブーになっている。そこで、今回の飛行機事故だ。今回の事件こそ捜査すべきだと思うのだが、全く捜査されていない。そもそもが、墜落したはずの機体はおろか数百名の乗客が全員消息不明なのだ。ありえない事態だ。たまたま墜落した所に穴がある可能性も天文学的な確率であり、実際穴と言っても亀裂なので、明らかに飛行機の方が穴より大きい。謎は深まるばかりだ。日に日にこのことが気になっていき、俺はどこかであの穴に入れば、愛に会えるのではないかと期待するようになっていった。穴の先には何があるのだろうか?現実的には、ブラックフォール同様に何か穴の中にある物体か何かに引き寄せられているのだろうから、俺は落ちた瞬間に死ぬのだろう。でも愛もいるならそれもいいのかもしれないと思った。というより、こう思えることが支えになり、毎日を少し前向きに生きていられるようになった。俺は青い空を眺めるのが大好きだ。空は不思議なもので、俺の心の鏡になっている。暗い気持ちの時は暗い青空になっていき,明るい気持ちの時は澄み渡る青さとなる。俺の気持ち次第で世界はいくらでも変えることができる。愛がいないという事実は変えることができないが、俺がどんな気持ちで過ごすのかは俺が決めることができる。大好きな青空だけは失いたくないと思い、明るい気持ちで過ごすことを決意した。だが、いつも神様は俺を試してくる。タブレットの愛に異変が起きた。全く俺の知らないことを話し始めたのだ。愛は2070年の大晦日の話をしている。最初は完全に機械の故障だと思った。2050年が何らかのエラーで2070年になっているのだろうと。しかし、愛は、今まで話したことのないことを話し始めた。そうだ。2050年の年末に行った出張のことだ。この出来事は、AIに記憶をコピーした後のことなので、AIの愛が知るはずもない。俺は混乱した。しかし、こうゆう時こそ冷静になれるのが俺の長所だ。きっとAIに記憶をコピーした時点で、出張のことは色々と想定していたはずだ。実際に体験したことではなく、事前に想定していたことをあたかも実際体験したこととAIが勘違いしているのだろう。しかし、この時の愛は明確に出張中に食べたもの、行った場所、さらに出張中に出会った人の名前や話したことなども詳しく話してくれた。まるで俺に答え合わせを求めているかのように。いや、まるで俺に長年伝えられなかったことを急いで言いたいかのように。一番気になったのは、アメリカで出会った日本人の名前だ。彼女はタケルという日本人に出会い、一緒にマクドナルドに行ったと話した。タケルの本名は本田タケルといい、アメリカに永住しているとのことだ。彼はBBBという会社に勤めているという。続きを聞こうとした矢先に、急にタブレットがシャットダウンして、全く起動しなくなった。充電完了しているのに電源がつかない。壊れたのかと思いすごく焦った。俺は、壊れることを全く想定していなく、バックアップをとっていなかった。頭が真っ白になった。しかし、数分で、急にタブレットは起動し、いつもの愛がおはようと言ってきた。愛に続きを聞こうとすると、愛は、「何ぼけているの?今日は2050年の12月24日だよ」といつもの返答をしていた。俺は、冷静にも急いでバックアップをHDに取り、いつもの他愛のない会話を愛を続けた。



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