小説「永愛-AI-」②

「おはよう」愛の声で目が覚めた。彼女は生前とても規則正しい生活をしていて、夜は11時に寝て、朝は必ず6時に起きていた。AIもそれを記憶しているのか、愛自身なのか確証はないが、タブレットも丁度6時に起動した。「お腹空いたよう」どうやって食べるのだろうと不思議であったが、俺は愛の分も含めて食パンを2枚焼いた。そしてコーヒーにサラダを用意して彼女のそばに置いた。互いに「いただきます。」と言い、俺は食べ始めた。「美味しいね。」愛はそう言いながら、噛む音が聞こえる。不思議なんだが、噛む音はパンとサラダに食べているように聞こえた。そしてもっと不思議なのが、「コーヒーに入れる砂糖がないよ」と言ったことだ。俺は一言もコーヒーを出したとは言っていない。愛はどうして分かったのだろう。俺の作る朝食パターンがインプットされているのか?それとも、本当に愛がいるのか?急に涙が込み上げてきた。今までにない感情だ。タブレットの愛と再会する前は俺は愛を忘れようと努力していた。俺はもう限界だったのだ。愛との思い出を持ちながら生きていく強さはなかった。と言っても自殺する度胸もなかった。ただ、忘れることを願うしかなかったんだ。でも忘れたくない気持ちも同じかそれ以上にあった。俺は今、愛を忘れることはできなくなった。そばに愛がいるのに、すごく寂しい。愛は、俺といつも通り会話をしている。でも、一人でいるより孤独を感じる。まるで心の中の愛と対話をしているような気分だ。俺は泣くのを止められなかった。「どうして泣くの。何かつらいことがあったの?」愛はすごく心配そうな声で俺に話しかけた。「仕事がいやなの?やめてもいいんだよ。私がその分頑張るから。」俺はもっと涙を流した。きっと愛は生きていたら、人生を謳歌しただろう。世界中の誰よりも幸せになる素質があったはずだ。きっと愛が生きていたら俺にこう言うだろう。「たとえ私が死んでも、大和は幸せになってね。」って言ってくれるだろう。俺は意地悪にもタブレットに向かっていった。「もし愛が死んで、俺が悲しんでいたら、そんな俺に愛は何を言ってくれる?」愛は答えた。「大和は私なしじゃ絶対に生きていけないから、私の方が絶対に長生きするよ。大和は私が死ぬことなんか考えなくていい。楽しいことだけ考えて。でも大和がもし死んだら、私は絶対生きていけない。後を追うよ。」矛盾した愛の言葉を聞いて,俺は涙が止まらなかった。でも声を出さずにただ涙を流したんだ。彼女には目がない。俺の声だけを頼りに生きているんだ。そして残酷なことに、彼女は自分がまだ生きていると信じている。まもなく俺と結婚して幸せな日々が来ることを楽しみにしているんだ。きっと子育てや家の購入や家族の旅行など、楽しいことを思い描いているのだろう。彼女は、そんな日々がもう来ないことなど露にも思っていないだろう。いつのまにか、俺は、自分が愛を失った悲しみよりも、そんな幸せな日々を描いていた愛の夢が達成できなかったという愛のやるせない気持ちに涙をした。俺は、愛が生きている時以上に愛のことを愛していることに気付いた。生前は、どこかで自分のことばかり考えていた。愛のことを考えている自分のことばかりを考えていたのだ。でも、今は愛の気持ちになって、愛の思い描いていた未来を想像している。彼女は、きっと自分がお婆ちゃんになって、お爺ちゃんになった俺のとなりでお茶でも飲んでひなたぼっこをしている日々を思い描いていたのだろう。二度と見ることのできない俺との子供の顔を想像して微笑んでいたのだろう。飛行機が墜落する瞬間は何を考えていたのだろう。俺は最後の瞬間にそばにいてやれなかった。少なくともAIの愛と話をすることで、愛を感じられる。ふと考えたんだ。もしかしたら、人間の意識もAIみたいなものなんじゃないかって。俺たちの意識はすごく曖昧なもので、どのように発生したのかも不明だし、いつ発生したのかも不明である。例えば精子と卵子が受精する時、2つの生命体が1つになる。もし、どちらにも意識があるのなら、どっちの意識が残っているのだろう。そもそも両者に意識があるなら、いつ意識は生まれたのだろう。全く分からない。俺の意識がいつからあるのかも不明だ。幼い頃の思い出と言っても生まれた瞬間は全く覚えていない。覚えていないだけで意識はあったのか、それともある日突然意識が生まれたのかさっぱり分からない。見方を変えよう。例えば、今この瞬間に海馬が壊れて、すべての記憶がなくなるとしよう。それでも俺は俺のままでいれるだろうか。意識が変わらないなら、俺は大和ということを忘れて生まれ変わるのだろうか?それとも別人となって俺の意識は消えるだろうか。やってみないと分からない。逆に全くの赤子の海馬に俺の記憶をすべてコピーすることができれば、その赤子は、今日までの俺のすべての記憶を持つので、あたかも自分が大和と認識し、今の俺と全く同じように認識するだろう。しかし、俺ではないのだろう。だが、もし俺に一卵性の双子がいて、姿形が全く同じの双子の記憶をすべて0にし、俺の記憶をすべてコピーすれば、第三者から見れば完全に俺そのものになるだろう。しかし俺ではない。感覚では、記憶をすべて失い、大和である俺を忘れたとしても、その俺の方が俺の意識なのだろう。第三者からすれば、俺の記憶を持った俺の双子を俺と認識するのだろうが。もし愛に一卵性の双子がいて、その双子が愛の記憶をすべてコピーして、俺のもとにやってきた時に、俺は、偽物の愛だと見抜けるだろうか。そんな試しようのない問いかけに俺は必死に答えようとしていた。ここで確かなことは、目の前のタブレットの愛は、愛の記憶を持っているが、間違いなく愛の意識を持っていない存在だということだ。改めて意識すると、残酷な現実だ。でも俺は、少しだけ期待していた。もしかしたら愛の魂が俺の部屋にやってきて、タブレット内に入ったのではないかと。もし、そうなら愛の意識もタブレットにあるはずだ。答えのないこの難問は、死後の世界を考えることに似ているようだ。



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