小説「永愛-AI-」④

タブレットの愛と暮らし始めて早くも1週間だ。ずっと前から不思議だったのだが、なぜ歳を重ねるにつれ、時間の経過は速くなるのだろうか。俺の感覚的な問題だと思っていたが、ほぼ全員が同じことを言う。これは人類に課せられた命題なのだろうか。でも時計を眺めると、幼少期と同じ速さで秒針は動いている。少なくとも俺の記憶では、昔のほうが遅かったなどということはない。きっと秒針の速さは同じなのだろう。でないと、時代自体が速く流れることになるので、今の子供たちもみな時間が速く進んでします。となれば、物理的に時間が加速しているのではなく、俺の感覚の問題だ。実は俺には持論がある。きっと俺たち人類の脳内で処理できる容量は限りがあり、幼少期から死ぬまでこの要領が増えることはないのだろう。この要領を数直線で示し、生まれた日を0として、今日時点を1としよう。例えば、生後1日の赤ちゃんは、脳内のすべてがこの1日の出来事で詰まっている。今日時点から生まれた日を見れば、1日で0から1へ飛んできたのだ。では、30歳ではどうだろう?30歳を1として、生まれた日を0とすれば、長さは同じなので、365日×30年間分の長さが、0から1の間に濃縮されることになる。こうなると1日分の長さは途方もなく短いものになる。計算すると1日当たりの長さは0.0000913242となる。なので昨日のことが、すごく今のことのように感じるようになっていく。少し難しい話になるが、10歳の子にとって、5歳のころは、丁度0.5戻ったところなので、0.5前の時代になる。随分昔に感じるはずだ。では30歳で、0.5戻ったところとは何歳だろう。答えは15歳だ。なので、10歳の子の5年間と30歳の人の15年間は同じ長さに感じられるのだ。もっと残酷な事実を述べれば、80歳の人にとって、40年前は、20歳の人にとっての10年前と同じくらいの長さに感じられるのだ。80歳の人の40年と20歳の人の10年は同じ長さに感じられるはずだ。これにより80歳の人の時間経過は20歳の人の4倍の速さで進んでいるように感じる。今日この瞬間は、同じ時間を過ごしているが、人間は、過去のある時点から今を見て、どれくらいの速さで時間が過ぎたのかを感じる生き物だ。なので、80歳の人にとっての1年まえは0.0125の長さしかないので、ふと最近のことにように感じるが、10歳の子にとっての1年は0.1の長さがあるので、結構前のことのように感じる。80歳の人の0.1は8年間なので、10歳の子の1年まえは80歳の人の8年前と同じくらい昔のことのように感じるはずだ。よく仕事柄子供と話す機会があるが、子供は1か月前の診療のことを大昔のように話すが、俺にとっては昨日のことのように感じる。子供にとっては1から遠く離れた地点を見ているのに対して、俺は1のすぐそばを見ているのだ。ふと思った。タブレットの愛は、どのような時間経過をたどっているのだろうか。俺と同じように歳をとっていくのだろうか。俺は、遅かれ早かれ悲しい事実に気付くのだ。俺は愛に聞いた。「昨日話していた、今度の休みの予定だけど、どこか行きたいところある?」愛はびっくりしたように答えた。「昨日そんな話したっけ?いつのこと?」「昨日だよ。2月10日だよ。」俺はかすかによぎった不安をかき消すために、敢えて日付を述べた。「何寝ぼけてるの?昨日は12月23日でしょ。」予想は当たった。これはかなり残酷な真実だった。「一応聞くけど、今日は何日だっけ?」「今日は12月24日でしょ?てかクリスマスイブを忘れるとか冗談でしょ?」愛はとぼけたりしていない。俺は急いで言った。「ごめん。俺完全に疲れてるわ。今日は2050年の12月24日だったね。」「もう。疲れてるならしっかり休んだほうがいいよ。折角の結婚式で熱でも出たらどうするの?」俺はこの1週間、彼女と色々な話をした。俺は愛と一緒に歳を重ねていこうと決意していたのだ。姿、形はなくても、愛の魂がきっとある。声がある。意識がある。感情がある。新しい思い出が増やせる。少しずつ立ち直っていたつもりだった。だが現実は残酷だった。タブレットの愛はこれから。永遠に2050年12月24日を生きるのだ。いや正確に言えば、記憶をコピーした瞬間をずっと生きているのだ。彼女の永遠は0秒の中にある。俺もその0秒の中で永遠を手に入れたいと強く願った。俺が日々の出来事を話すと彼女は聞いてくれる。そしてアドバイスをくれる。しかし、その続きのことを話すと、「何のことだっけ?」と聞き返してくる。俺は彼女に丁寧に改めて話す。彼女は全く同じ返答をして、その後でやっと続きの話をすると、理解してくれる。一度休憩すると、AIがリセットして、またコピー時の状態に戻るのだ。彼女も話をしてくれる。しかし、いつも同じ話だ。きっとコピーする瞬間に話したかったことがいつも出てくるのだろう。愛の魂が話しているのか、CPUが作動してプログラム通りに話しているのか、俺には分からない。いや分かりたくないのかもしれない。頭では間違いなく後者だと分かっているのだが、俺にはいつもの愛がそばにいてくれるような気がして、彼女の魂があるように感じるのだ。



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